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親の老いに、胸がきゅっとなったあなたへ 〜諸行無常という智慧〜

「親の老い・諸行無常」をやわらかく象徴する一枚。夕暮れの窓辺、静かな余白、家族のぬくもりを感じさせる墨絵風・水彩風。煽らず、穏やかで内省的なトーン。

ご自分の親が「年をとったな」と感じたこと、ありますか。

白髪が増えた。背中が、少し丸くなった。歩くのが、前よりゆっくりになった。同じ話を、二度三度と繰り返すようになった。そんな小さな変化にふと気づいて、胸の奥が、きゅっとなる。

こんにちは。曹洞宗の僧侶、玲音和尚です。今日は「親の老いと、どう向き合うか」というお話を、皆さんと一緒に考えてみたいと思います。

目次

親って、いつまでも「強い存在」でいてほしい

親って、子どもにとっては、いつまでも「強い存在」のままでいてほしいんですよね。

叱られても、頼りすぎても、それでもびくともしない。そういう、大きな木みたいな存在でいてほしい。私も、そうでした。うちの親は、ずっと変わらず元気だと、どこかで思い込んでいたんです。

でも、あるとき、その父の「弱さ」を、はっきり見てしまった出来事がありました。今日お伝えしたいことを、先に一つだけ申し上げておきます。それは「親の弱さが見えた日は、親をもう一度、一人の人として見つめ直せる日」だということです。

諸行無常 ─ すべては移り変わっていく

仏教に、「諸行無常(しょぎょうむじょう)」という言葉があります。有名な言葉なので、聞いたことのある方も多いと思います。少し難しく聞こえますが、意味はとても素直です。

この世のすべては、移り変わっていく。
ずっと同じまま、のものは一つもない。

花が咲いて、散る。季節が、めぐっていく。それと同じように、人もまた、移ろっていきます。赤ちゃんが子どもになり、大人になる。そして親も、少しずつ年を重ねていきます。

頭では、分かっているんです。親だって年をとる、それは当たり前のことだと。でも、いざ自分の親の「老い」を目の前にすると、なかなか、すんなりとは受け止められないんですよね。

「うちの親に限って」「まだ大丈夫なはずだ」。そう思いたくなる。私も、まさにそうでした。

しかも、毎日顔を合わせていると、かえって変化に気づきにくいんです。昨日の親と、今日の親。ほとんど同じに見えますから。少しずつの変化って、近くにいると見えないものなんですね。

だからこそ、あるとき、ふいに「あれ、こんな顔だったかな」と気づく瞬間が来る。その瞬間は、たいてい、何かの「きっかけ」と一緒にやってきます。

愛犬を見送った日、父の背中が小さく見えた

これは、去年の春、二〇二五年の三月のことです。

うちのお寺では、室内で一匹の犬を飼っていました。家族みんなで本当にかわいがっていた、愛犬です。毎朝、私が起きていくと、しっぽを振って足元にすり寄ってくる。そういう当たり前の景色が、毎日ありました。

その子が、亡くなりました。長く一緒に過ごした、大切な家族の一員でした。具合が悪くなってからは、家族みんなでかわるがわる看病をしました。薬を飲ませて、体をさすって、「がんばれよ」と小さな声をかけて。夜も、誰かがそばに付き添って過ごしていたんです。

中でも父は、夜遅くまで、ずっとその子のそばにいました。眠る時間を削って、何度も様子を見に行く。私が「代わるよ」と言っても、「いや、いい」と言って離れない。それくらい、父にとっても大事な家族だったんですね。

それでも、寿命というのは止められないものです。ただそばにいて、温もりを分けてあげる。名前を呼んで、「ありがとうな」と伝える。それくらいしか、できることはありませんでした。そしてある日、家族みんなに見守られて、その子は静かに息を引き取りました。

夜、テレビの前のソファに沈み込む父の小さな背中。手前にぽつんと佇む息子。画面の青い光だけが部屋を照らす、静かでさみしい情景。後ろ姿で表情は描かない。墨絵風・抑えた色調。

その子がいなくなって、家の中がしんと静かになりました。朝、足元にすり寄ってくる、あの気配がない。それだけで、家じゅうが急に広くなったように感じました。

家族みんな、もちろん悲しかった。でも、いちばんこたえていたのは、私の父でした。父は、このお寺の住職をしています。ふだんは、どっしりと構えている人なんです。お坊さんとして、たくさんの方のお見送りに立ち会ってきた人ですから、命というものに、人一倍向き合ってきたはずなんです。

だから私は、勝手にこう思い込んでいました。「父は、こういう別れには慣れているんだろう」と。ところが、その父が、愛犬を亡くしてから、すっかり覇気をなくしてしまったんですね。口数がぐっと減りました。食事のときも、どこか上の空で。箸が、止まったまま動かない。

ある夜のことです。父が一人で、ぼんやりテレビを見ていました。テレビでは、ちょうど大谷翔平選手が大活躍していて。本来なら「すごいなあ」と身を乗り出すような場面です。父は大谷選手を応援していますから。いつもなら、「今の見たか」なんて、こっちに声をかけてくるんです。

でも、その日の父の背中は、ぴくりとも動かない。画面を見ているのか、見ていないのか。ソファに沈み込んだその背中が、いつもよりずいぶん小さく見えました。

正直に言いますね。その背中を見たとき、私はどきっとしました。「親父、ちゃんと、生きてるかな」。そう思ってしまうくらい、力が抜けていたんです。声をかけようとして、でも、なんと言っていいか分からなくて。私は結局、何も言えずにその場を離れました。

子どもの頃、私は父の背中を見て育ちました。法要に向かう、まっすぐな背中。お檀家さんの前で堂々と話す、大きな背中。その背中が、いつも家の真ん中にありました。だから、私の中の父は、ずっとその背中のままだったんです。

それが、あの夜、まるで別人のようにしぼんで見えた。頭をどこかで殴られたような、そんな感覚でした。そして同時に、こうも感じました。「うちの親父、こんなに老けたのか」と。

白髪も、しわも、丸まった背中も。たぶん、ずっと前からそこにあったはずなんです。でも、私は見ていなかった。いや、見ようとしていなかったのかもしれません。「父は強い」。その思い込みが、私の目を覆っていたんです。

大丈夫かな。この先、どうなってしまうんだろう。この人も、いつかは――。そこまで考えて、私はこわくなりました。親がいつか、いなくなる。頭では分かっていたはずのその事実が、急に、すぐそこまで来ているように感じられたんです。

「強い親」という役を、押し付けていた

その後、私たちは愛犬のお別れをして、きちんとお見送りをしました。四十九日(しじゅうくにち)もつとめました。それでも、父はなかなか元には戻りませんでした。法事に出れば、ちゃんと住職の顔をしている。でも、家に帰ってくると、すっと力が抜けて、あのソファに沈み込む背中に戻ってしまう。私はその背中に、何と声をかけていいのか分からないまま、ただ見ているしかありませんでした。

そんな父が、もう一度、元気を取り戻すきっかけがありました。縁があって、また新しい犬を、家に迎えたんです。

子犬を迎えて、久しぶりに笑う父。床にしゃがんで子犬に手を伸ばし、表情にやわらかな張りが戻っている。明るく温かい光。前の「小さな背中」と対になる回復の一枚。

その子が来てから、父の顔つきが変わりました。「ほら、こっちおいで」。子犬を追いかける父の声に、久しぶりに張りが戻って。「こいつ、よく食うなあ」なんて、笑うようになって。その「笑った顔」を見たとき、私はほっとして、少し泣きそうになりました。いつのまにか、あの覇気のない背中が、しゃんと戻っていたんですね。

……でも、です。本当に私の心に残ったのは、「新しい犬が来て、よかった」ということ、ではなかったんです。

新しい子は、たしかに父を笑顔にしてくれました。それはありがたいことです。けれど、私の胸にいちばん深く残ったのは、この何ヶ月かのあいだ、私が父という人を、まるで初めて出会ったように見つめ直していた――そのことだったんです。

思えば私は、ずっと父を「強い親」という、ひとつの「役」の中で見ていました。住職なんだから、しっかりしていてほしい。親父は、いつまでも親父でいてほしい。そう、知らず知らずのうちに、父に役を押し付けていたんですね。

でも、私の目の前にいた父は、小さな命の別れに涙し、覇気をなくし、なかなか立ち直れず、そしてまた新しい命に、そっと心を動かす――。そういう、感情を持った、一人の生きた人間でした。

ここで、ようやく私は、「諸行無常」の本当の意味に触れた気がしたんです。無常とは、ただ「失われていく」ことではなくて。若かった父も、強かった父も、弱さを見せた父も、また笑った父も――。そのすべてが移ろいながら、今、私の目の前にいる、一人の父なんだ、と。

「強い親」というひとつの姿に、父を留めておくことなんてできなかった。父はずっと、移ろい続けていたんです。ただ、私がその移ろいを見ていなかっただけで。考えてみれば、当たり前のことなんです。でも、その当たり前を、私は親に対しては、ずっと忘れていたんですね。

親の老いが見えた日は、悲しい日ではない

親の「弱さ」が見えたとき。私たちはつい、こう思ってしまいます。「しっかりしてよ」「昔は違ったのに」と。

でも、それは「親はずっと強くあるべきだ」という、こちらの思い込みなのかもしれません。私たちはいつのまにか、親に「強い親」という役を押し付けているんですね。

でも、親だって移ろっていきます。弱るときもあれば、また立ち直るときもある。強い顔も、弱った顔も、ぜんぶその人なんです。その姿を「ダメになった」と見てしまうのか。それとも、「ああ、これも親父なんだな」と、一人の人としてまなざしを向けるのか。そこで、私たちの心持ちは、ずいぶん変わってきます。

親の老いが見えた日は、悲しい日、ではないんです。それは、親を「強い親」という役からいったん降ろして、目の前のその人を、一人の人としてもう一度見つめ直す。そういう、入り口の日なんだと、私は思います。

そう思えると、不思議と肩の力が抜けるんですよ。「しっかりしてよ」と焦る気持ちが、「そうか、親父もいろいろあるよな」に変わっていく。そうなると、もう特別な親孝行なんて、しなくてもいいんです。

ただ、隣に座って、同じテレビを見る。一緒に、ごはんを食べる。「今日、寒かったね」と、何でもない話をする。「強い親」という色めがねを、そっと外して、ただ目の前のその人と時間を過ごす。

親子が縁側か食卓で並んで、何でもない時間を過ごす後ろ姿。会話するでもなく、ただ同じ景色を見ている穏やかさ。「今を共に過ごす」実践を象徴。あたたかい自然光。

その何でもない時間こそ、移ろいゆく「今」を、共に過ごすということなんですね。その「今」もまた、二度と戻らない、一度きりの時間ですから。

最後に ─ 移ろいゆく「今」を、共に過ごす

今日、いちばんお伝えしたかったこと。それは、「親の弱さが見えた日は、親をもう一度、一人の人として見つめ直せる日」だということです。

諸行無常。すべては移り変わります。親も年をとる。それは止められません。うちの父も、弱さを見せ、また笑うようになりました。そのどちらもが、移ろいゆく、一人の父の姿でした。親を、「強い親」というひとつの姿に留めておくことは、できないんですね。

だからこそ、私たちにできるのは、その移ろいをこわがらずに見つめること。目の前にいるその人を、一人の生きた人としてまなざしを向けること。それが、「親の老いを受け入れる」ということなのだと、今の私は思っています。

もし最近、親の「年をとったな」という姿に、胸がきゅっとなった方がいたら。それは、親を「強い親」という役からそっと降ろして、一人の人としてもう一度見つめ直す、その大切なはじまりの日なのかもしれません。

どうか、その変化をそっと受け止めて、隣で過ごす「今」を大切にしてくださいね。皆さんの毎日が、穏やかで心豊かなものでありますように。

合掌。